昼休み

2008年3月11日 高校生
 昼休み、一緒に食事をする相手は、気づくと決まっている。その最初の流れに上手く乗れないと、最後まで決まらないものだ。そして友達があまりいない僕は、誰かと食べる時もあるが、一人で食べるときの方が多い。もう慣れたこと。
 コンビニで買った昼ご飯を腕にぶら下げ、一階にある食堂に向かった。たくさん人がいる場所は、ものすごくうるさくて、自分が一人きりだということを実感させる。けれど、それ以上に人の波に紛れてしまえる気がして、僕は食事を持っていてもよく食堂へ来た。
 知っている人ばかりの教室で一人よりも、知らない人だらけの食堂で一人の方が、気持ちは軽い。
 自動販売機でパックのジュースを買い、空いている席に座った。僕はあまり食べるのが早くない。昆布のおにぎりをゆっくり咀嚼しながら、目の前の空席を見つめた。その席が知り合いで埋まったことは、一度もない。
 食堂にはいろんな人がいるから、一人で食べている人もそれなりにいる。けれどやはり、昼食持参で食堂にいる人間は珍しいのだろう。時々投げられる視線に気づかないふりをしながら、おにぎりを飲み込んだ。
 斜め後ろの方で女の子の声が聞こえた。席が空いてないとか、どうする、とかそんな内容だった。食堂の席はすぐに混んでしまうから、五人以上になると、昼休みが始まった直後くらいでないと座れない。
 話し合う声が聞こえなくなって、すぐだった。
 目の前の席に、カレーライスが置かれた。
「いーい?」
 弾かれるように視線を上げると、春日さんが笑っていた。
「え? あ、いいよ」
「ありがとー」
 彼女は席に着くと、さっきあっちで席がなくて、と話し始めた。
「なんかもう、席探すのめんどくさくてさ。人数分ければいいだけだから、さっさと離れてきちゃったんだ」
 ああ、さっき聞こえた声は、春日さんたちのグループだったのか、と思った。大人数で席を探すことに飽きて、自分は一人で食べるから、という結論になったらしい。
 それから彼女は、まるで独り言かのように、ずっと僕に向かって話続けた。相槌をうつタイミングに気を遣いすぎて、いつも以上に時間のかかる昼食だったけれど、ずっと喋っている春日さんと同じくらいに食べ終わった。
「ナツキ、もう行くよー」
 別れたグループの女子が、春日さんにそう声をかけると、彼女は「もうちょっとしたら行くー」と答えた。
 そして僕の方を見て「それでね」と話を続けた。

数学。

2008年3月11日 高校生
 「教科書見せて」
 そう言った割に、春日さんは教科書なんて全然見ていなかった。机を寄せて、真ん中に数学の教科書を置いた。僕はいつも右側に置くので、ノートが少し取りにくかった。
 教科書にアンダーラインを引きながら、ちらりと左側を見ると、春日さんはぼんやりと窓の外を見ていた。ノートには黒板の文字が途中まで写してあった。外に何が見えるのか、少し気になったけど、僕は黙ってノートを取った。
「じゃあ、次の問五から七までを十分でやれ。当てるからな」
 先生の声に思わずカレンダーを見た。今日は九日。僕は男子の八番だから当たらないだろう。安心しながら、問題の式をノートに写し、文字を書き始めた時だった。
「桐原」
「え?」
 春日さんが唐突に僕の名前を呼んだ。驚きながら顔を上げると、彼女はちょっと困ったような顔をしていた。
「……教えて?」
 少しだけすまなそうにそう言った。
「春日さん、当たるの?」
「うん、九番。多分、男子からだから、問六かな」
 お願いー、と拝むように言われ、僕は写した問五の下に、問六の問題式を書いた。

「この公式を使って…」
「こんな式どこで出たっけ?」
「三ページ前だよ。それでこのXを移項するとこうなって」
「あ、それで答えが54?」
「…違うよ」

 春日さんは別に頭は悪くないのに、少し先走りするようだった。きっと数学は、ケアレスミスが多いと思った。
「春日、うるさいぞー」
 途中で先生に私語を注意され、僕は思わず縮こまったが、彼女は、
「いいじゃん、先生。私がちゃんと教えてもらってるんだよ? むしろここは褒めるべきでしょ」
と、あっけらかんと言って、先生とクラスの笑いを誘っていた。
 そして僕が八割方解いた問六を、黒板に堂々と書いて、先生に褒められていた。
「お前、ちゃんと桐原に礼を言えよ」
 先生にそんなことを言われながら、春日さんは上機嫌で席に戻ってきた。
「桐原、頭いいね」
「そ、そんなことないよ」
 そういったけれど、彼女はあまり聴いていないようだった。

 そして「隣で良かったかも」と笑いながら言った。

出会い

2008年3月10日 高校生
 高校一年の三学期、恒例の席替えがあった。
 イベント好きな人が率先して作ったくじを引いて、当たったのは窓際から一つ隣の一番後ろ。なかなか良い席だったけれど、こういう席は交換を持ちかけられる。それが面倒で、ゆっくりと荷物を片付け、みんながあらかた移動し終わるのを見計らって、僕は新しい席についた。
 席順は二列単位でよくまとめられるから、窓際の隣は誰だろうとそちらを見ると、そこそこ話したことのある林君が荷物を動かしていた。特別仲が良いわけでもないけど、平和な雰囲気があって、ほっとしたときだった。
「林、まだぁ?」
 高い声が聞こえた。
 思わず振り返ると、そこには春日さんがいた。正直、うわぁと思ってしまった。彼女はいつも楽しそうで、声が大きくて、みんなの中心にいる明るい人だ。髪はチョコレートブラウンで、いつも綺麗にメークをしている。先生にも私語や、スカート丈で注意されてばかりいるけれど、その分可愛がられているような人だ。
 対する僕は、あまり目立たなくて、地味で勉強ばかりしてそうな存在だ。だから彼女のような人は苦手だった。それに何となく怖かった。
 その間にも、林くんは「ごめんごめん」と言いながら、素早く荷物を片付け、さっさと自分の席へ言ってしまった。そして入れ替わりに、春日さんがその席につき、教科書を机に押し込め始めた。
 それが終わると、彼女はやっと僕の存在に気づいたようだった。
 じっと猫のような目で、僕を見つめた。
「桐原、隣?」
「う、うん…」
 今まで会話らしい会話はしたことがないので、名前を覚えられていると思っていなかった。驚いてどもりながら応えると、彼女はふぅんと頷いた。
 それから少し気の抜けたような笑顔を浮かべた。
「よろしくねー」
 それは僕がイメージしてた春日さんとは、違う感じの雰囲気で、少しうつむきながら呟くようによろしくと言うと、彼女は頬杖を付いて、目を細めた。
「変なの」

 そして一限が始まり、彼女は早速、教科書を見せてとまた笑った。

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