自分が壊れていることなど、とうに知っていた。ただ、だからといって、足掻くのも馬鹿らしく、藻掻くのも見苦しく、騒ぎ立てるのも無駄だと思っていただけなのだ。

「この辺、ね」

 彼女は心臓の辺りに、細い人差し指で円を描いた。

「重大な欠陥があるの」
「欠陥?」
「そう、欠けてるの。どうしようもないほどに」

 そう言って、彼女はふぅと溜息によく似た、そんな吐息を吐き出した。厭うわけでも、嘆くわけでもなく、ただ少し疲れた。そう、言いたげに。

「私の家は割とお金持ちだったのよ。でもね、私が病気になって、稼いでも稼いでも治療費にあてたから、この有様。もう、うんざり」
「それは少し贅沢な発言じゃないか?」
「そうね、同じ病気の人から見れば、これは贅沢で傲慢な発言ね。だけど、治らないのよ。どうやったって、今の医学じゃ無理だって、みんな知ってる。お医者様も、父様も、母様も」

 やれやれと肩をすくめ、彼女はなんでもないことのように言った。自分の身体のことだというのに、非道く投げやりな口調だと思った。

「薬ってね、痛いのよ」
「…………」
「吐き気がするの。苦しいのよ、身体の中が痛いのよ」
「副作用か」
「そう。でも、駄目。痛くても、治らない。苦しんでも、報われない。だからもう、耐えられない」

 窓から外を見つめる彼女を更に見つめながら、一歩だけその距離を縮める。

「血の病気らしいんだけど、それでも平気?」
「少なくとも、病にかかることはないな」
「……悪食なのね」

 毒舌をつきながらも、彼女は笑っていた。それは何処までも穏やかだった。まるで凪のような静けさ。今にも消え去ってしまいそうな、儚さ。

「それじゃあ、食べて。一滴残らず、飲み干して。そして私をこの身体から、両親を私から解放させて」
「一つ言わせて貰えば」
「なぁに?」
「両親は、それでも君に死んで欲しくないだろうね」
「……知ってるわ」
「それでも?」
「それでも」

 そうして、彼女は、今度はすまなそうな笑みを浮かべた。けれど、それは諦めきった笑みでもあった。

「でもね、私は解放されたい。もう、駄目なの」
「……その気持ちはわからなくもないがね」
「あら、本当?」
「まぁ、長く生きれば、死にたくなることもあるということさ」

 何気なく呟いたつもりだったが、言葉と一緒に重苦しい吐息が零れてしまった。その吐息の存在を無視し、彼女にもう一歩近づき、抱き寄せる。

「じゃあ、先にいってるわ」
「…ああ、お休み」

 瞳を伏せた、彼女の首に口付け、挨拶を交わす。
 そうして、吸血鬼は彼女の命を奪い、穏やかに眠る彼女に小さく毒づいた。

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