吸血鬼という種は、しぶとい癖に儚いものだと、彼自身は思っている。
例えば、太陽の光を浴びれば灰になるという伝承は確かだ。昼間は活動をする気すら起きない。できることなら、暗闇の中で惰眠を貪っていたいと思う。
けれど、だからといって、日の元にでられない訳でもないのだ。太陽光を浴びた吸血鬼は、一瞬にして灰にはならない。体力を奪われ、全身に怠さを感じる。その後に、じわじわと髪や爪、皮膚などから少しずつ渇いて、崩れていく。そして風の中に少量の灰が散っていくのだ。昼の間、ずっと日に晒されていれば、さすがに全身の皮膚が火傷を負ったうになってしまう。
その欠けた部分は、夜になって人間の血液を食べれば、それで元に戻る。太陽の光は、吸血鬼にその程度の傷を与えることしかできないのだ。
だが、吸血鬼がたったそれだけ、太陽の下にいるというだけで、傷を負うということもまた、事実なのだ。
昼であろうと、夜であろうと、太陽の下でも、月の下でも生きていける、他の動植物と比べ、なんと弱いことだろう。
また、吸血鬼は孤独を好む。というよりも、隣に誰もおくことができない。彼らの側にいられるのは、使い魔だけだ。何故なら、それらは明らかに彼らのためだけに存在するものだからだ。
例え同族と会おうとも、その存在に対して感情を持つことはあまりない。会話も交わさずに素通りする。時たま、実力を過信した同族に襲われることはあるが、そう言った手合いは何故か皆弱い。強くあろうとする心は、素直に良い物だと思う。だが、実力が伴っていない輩は、ただ愚かな存在にしか見えない。
そうやって、常に独りで生き続けるのが、吸血鬼の宿命なのだ。僅かではあれ、寂しさや悲しみを感じてはならない。人間の――家族や恋人、あるいは友人のいる生活を羨んでは、望んではいけない。
人間の存在は、彼らにとってはただの食料でなければならないのだ。それ以上の感情は、自身を滅ぼすだけだと、吸血鬼達は生まれたときから知っている。
孤独でなければ生きられないのだから。
吸血鬼と並んで生きることのできるものなど、存在しないのだから。
夕闇の中、さくさくと草を踏みながら、彼は墓場を歩いていた。薄ぼやけた銀色の月光が、黒に近い紫の髪を照らしている。
別に目的があって来たわけではない。足の向くままに歩いていた。そして気づけば、そこには山のように墓標が並んでいたと言うだけのことだ。
字面に並べられた石碑の側を、ゆっくりと彼は歩いた。その石に彫られた文字が読めるほどに、ゆっくりと、静かに。
「安らかに眠れ、か…」
どの石碑にも似たような言葉が彫られている。その中の一つを彼は読み上げた。それは風のざわめき以外に音のしない墓場に、静かに響き渡った。
その言葉をかみ砕くように、もう一度頭の中で反芻し。彼は静かに苦笑した。安らかに、これほど自分たちに似合わない言葉もないだろう、と。
孤独の中に生き、死ねば灰となる吸血鬼に、墓などない。作ってくれる存在がいないのだから、当たり前のことだ。そうして、自分の存在を覚えていてくれるものもいなければ、その安寧を祈ってくれるものもいないだろう。吸血鬼は、そういう存在なのだ。
そんなことを考えた自分を、彼は軽く嘲笑った。くだらない。これではまるで、自分が孤独を悲しんでいるようではないか。
彼は孤独の存在を認めない。人間も、本来は独りで生きれる生き物だと、そう信じている。それは吸血鬼にとって、孤独というものがある種の禁忌であるからだ。
孤独を感じた同族達は、何故か皆死んでしまう。泣きながら太陽を求め、光に何かを探しながら、狂気のまま灰になってしまうのだ。不思議なことに。
死んでしまった同族達が、何を求めたのか、わからないわけではない。彼らは永遠を恐れたのだ。たった独りで生き続けることに、恐怖を抱き、不安を膨らませてしまったのだろう。予想は簡単についてしまう。ただ、理解できないだけだ。それほどまでに、孤独というものは辛いのだろうか、と。
永遠への恐怖はわからなくはない。いずれ、自分も生きることに飽きるだろうと、彼は考えている。それと同時に、彼は祈っていたのだ。信じてもいない、まるで種族の敵のように崇められている、神を。
いずれ、自分を殺してくれと。
けれど彼は知っている。神は存在しないと。だから今はもう、その小さな祈りさえ、彼の心からは消え去りつつある。何故なら、そんなものは抱え続ければ続けるほど、虚しさのみを増殖させるからだ。
例えば、太陽の光を浴びれば灰になるという伝承は確かだ。昼間は活動をする気すら起きない。できることなら、暗闇の中で惰眠を貪っていたいと思う。
けれど、だからといって、日の元にでられない訳でもないのだ。太陽光を浴びた吸血鬼は、一瞬にして灰にはならない。体力を奪われ、全身に怠さを感じる。その後に、じわじわと髪や爪、皮膚などから少しずつ渇いて、崩れていく。そして風の中に少量の灰が散っていくのだ。昼の間、ずっと日に晒されていれば、さすがに全身の皮膚が火傷を負ったうになってしまう。
その欠けた部分は、夜になって人間の血液を食べれば、それで元に戻る。太陽の光は、吸血鬼にその程度の傷を与えることしかできないのだ。
だが、吸血鬼がたったそれだけ、太陽の下にいるというだけで、傷を負うということもまた、事実なのだ。
昼であろうと、夜であろうと、太陽の下でも、月の下でも生きていける、他の動植物と比べ、なんと弱いことだろう。
また、吸血鬼は孤独を好む。というよりも、隣に誰もおくことができない。彼らの側にいられるのは、使い魔だけだ。何故なら、それらは明らかに彼らのためだけに存在するものだからだ。
例え同族と会おうとも、その存在に対して感情を持つことはあまりない。会話も交わさずに素通りする。時たま、実力を過信した同族に襲われることはあるが、そう言った手合いは何故か皆弱い。強くあろうとする心は、素直に良い物だと思う。だが、実力が伴っていない輩は、ただ愚かな存在にしか見えない。
そうやって、常に独りで生き続けるのが、吸血鬼の宿命なのだ。僅かではあれ、寂しさや悲しみを感じてはならない。人間の――家族や恋人、あるいは友人のいる生活を羨んでは、望んではいけない。
人間の存在は、彼らにとってはただの食料でなければならないのだ。それ以上の感情は、自身を滅ぼすだけだと、吸血鬼達は生まれたときから知っている。
孤独でなければ生きられないのだから。
吸血鬼と並んで生きることのできるものなど、存在しないのだから。
夕闇の中、さくさくと草を踏みながら、彼は墓場を歩いていた。薄ぼやけた銀色の月光が、黒に近い紫の髪を照らしている。
別に目的があって来たわけではない。足の向くままに歩いていた。そして気づけば、そこには山のように墓標が並んでいたと言うだけのことだ。
字面に並べられた石碑の側を、ゆっくりと彼は歩いた。その石に彫られた文字が読めるほどに、ゆっくりと、静かに。
「安らかに眠れ、か…」
どの石碑にも似たような言葉が彫られている。その中の一つを彼は読み上げた。それは風のざわめき以外に音のしない墓場に、静かに響き渡った。
その言葉をかみ砕くように、もう一度頭の中で反芻し。彼は静かに苦笑した。安らかに、これほど自分たちに似合わない言葉もないだろう、と。
孤独の中に生き、死ねば灰となる吸血鬼に、墓などない。作ってくれる存在がいないのだから、当たり前のことだ。そうして、自分の存在を覚えていてくれるものもいなければ、その安寧を祈ってくれるものもいないだろう。吸血鬼は、そういう存在なのだ。
そんなことを考えた自分を、彼は軽く嘲笑った。くだらない。これではまるで、自分が孤独を悲しんでいるようではないか。
彼は孤独の存在を認めない。人間も、本来は独りで生きれる生き物だと、そう信じている。それは吸血鬼にとって、孤独というものがある種の禁忌であるからだ。
孤独を感じた同族達は、何故か皆死んでしまう。泣きながら太陽を求め、光に何かを探しながら、狂気のまま灰になってしまうのだ。不思議なことに。
死んでしまった同族達が、何を求めたのか、わからないわけではない。彼らは永遠を恐れたのだ。たった独りで生き続けることに、恐怖を抱き、不安を膨らませてしまったのだろう。予想は簡単についてしまう。ただ、理解できないだけだ。それほどまでに、孤独というものは辛いのだろうか、と。
永遠への恐怖はわからなくはない。いずれ、自分も生きることに飽きるだろうと、彼は考えている。それと同時に、彼は祈っていたのだ。信じてもいない、まるで種族の敵のように崇められている、神を。
いずれ、自分を殺してくれと。
けれど彼は知っている。神は存在しないと。だから今はもう、その小さな祈りさえ、彼の心からは消え去りつつある。何故なら、そんなものは抱え続ければ続けるほど、虚しさのみを増殖させるからだ。
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