あたしがあいつに抱いた感情って言うのは、とても複雑なものだった。
 慈しみと、蔑みと、殺意と憎悪、それでもって明らかな悪意と、これ以上もないほどの愛しさ。
 心底、括り殺したいと思った。
 けど、それと同じところで守りたいと思う。抱きしめて、温もりを与えてやりたいと思う。その傷を、なんとか癒してやりたいと思う。

 そう、あたしはずっとあいつを殺したかった。
 殺したくて殺したくて殺したくて、仕方がなかった。見ていて苛々するし、生きていて世界の害にしかならないような奴。本当に存在そのものが嫌いだった。
 それなのに、どうやったって生きていて欲しかった。この命を上げたって良いから、だからあいつには生き延びて欲しかった。生きていれば、何とかなるからって思ってた。
 不思議だね。

 あいつはあたしの気持ちを知っていた。
 それなのに、燃えたぎるような憎悪を見せても、凍えるような鋭い殺意を向けても、何も言わないんだ。抱きしめたって、何も見ない。
 無垢なままあたしを頼りにして、無知なままあたしを信じて、無為なまでに愚かだった。
 でもね、きっと、あいつはあたしのことを信じてなんかいなかった。頼ってなんかいなかった。本当はあたしが一番愚かだった。
 あたしは心の底で、そのことを知っていた。本当は気づいてた。ただ、見えないフリをしていただけで。

 だから殺したかった。
 本当はずっと殺したかった。殺してやりたかった。殺して殺して殺して殺して殺して殺してやりたかった。ズタズタに引き裂いて、ボロボロにしてやりたかった。

 あいつね、泣かないの。泣けないの。出来損ないなの。
 だからさ、あたしがいなくても生きていけるんだ。だって、孤独を孤独を感じないんだから。独りを寂しいと思わないし、痛みを触覚で感じようとしない。麻痺しちゃってるんだよね。その上、別に生きたいと思ってない。だから、死にたいとも思ってない。
 だから、本当は守る必要なんてなかった。殺す必要もないんだ。あいつは、独りで存在してるんだから。心に壁があるとか、そんなんじゃない。あいつはあたしを認識していない。
 泣かないんだ。泣けないんだ。痛みもなけりゃ、つらさも苦しさも、寂しさも悲しさもない。そんな世界、想像できる? できるわけがない。
 だから、殺したかった。

 そうだよ、あたしはずっと殺したかったんだ。認めるよ、気づかないふりはもう終わりだ。お終い。最後。
 だから、殺せばよかった。それで、あたしも死ねば良かった……。

 あいつさ、最後、笑ったんだ。泣けない癖に、作り笑いばっかり上手くてさ。だからあの笑顔の意味が、あたしにはまだわからない。泣かない癖に。泣けない癖に。笑いやがって。
 それで死んだ。でもこれって正しくないね。あいつは元々生きてなかったんだから。生きてない存在は、死ねない。そうだろ?
 なのに、あいつはもういない。
 今なら言えるのに。言いたいことが山ほどあるのに。大好きだって。生きて欲しいって。生きるのが嫌なら殺してやるから、だからちゃんと生きてくれって。
 ……おかしいかな。
 殺すつもりだったのに、他人に殺されたとなると、悲しくて悲しくて仕方ないんだ。本当に悔しくて、悲しくて、寂しくて涙が出てくる。

 おかしいよね?
 でもね、本当に好きだった。泣かない強さと、泣けない弱さと、欠けた心と、生きない身体が。
 本当に好きだった。本当に本当に、大好きだった。

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