『murderous intent』

2004年3月2日
 ぞっとした。
 冷たい金属にも似た寒気が、背筋を走り抜けていった。
 ――これは、こんなにも透明な殺意。

 目の前で武器を持っている女は、恐ろしいほどに血塗れだった。けれど、それは彼女自身のものではない。全てとはいかないかもしれないが、そのほとんどが返り血であるはずだ。
 全てが自分の流した血液であれば、彼女は立っていられないだろう。否、出血多量ですでに死んでいてもおかしくはない。どう軽く見積もっても虫の息でなければならない。
 身に纏った黒い衣服。
 それさえ赤く染まって見える程の、大量の返り血。黒い髪も顔も、そして二本の小太刀も、全て赤く染めて、彼女は立っていた。

 そして、何者にも染めることが出来ない、透明な殺意をこちらに向けた。

 それは、恐ろしいまでに純粋な意志だった。
 殺すための殺意。打算も計算もない、純粋に殺すためだけの意志。
 途惑いもなければ、躊躇いもない。遠慮もなければ、憐憫もない。憎悪もなければ、友愛もない。
 殺すためだけに存在する、紛れもなく透明な殺意をもって、彼女は攻撃を繰り出してきた。それは酷く自然で、呼吸をするかのように当然で、ただ一歩を踏み出しただけのように必然的な、殺すための攻撃だった。
 微塵の迷いもなく、彼女が狙ったのは首だった。
 喉笛を掻ききろうとする刃は、すでに幾人もの犠牲者を生み出している。そのため、切れ味は鈍り、刃こぼれしていてもおかしくない。
 けれど彼女は迷わない。途惑いも躊躇いもしない。殺される。生きようと、彼女を殺さない限り、自分が殺される。喉を切り裂かれ、悲鳴の替わりに血飛沫をあげ、絶命するだろう。

 が、彼女は不意に笑った。
 唇の右端をぐいと押し上げるように笑い、小太刀を一振りして血を払った。そしてごく当然のように、二本の刃を鞘に収めると、もう一度笑った。
「時間切れだ。救われたな、坊や」
 それだけ言って、やはり躊躇わず走り去っていった。
 ――追うことは、出来なかった。

 これが《深紅の緋色》と呼ばれた、黒ずくめの暗殺者との、最初で最後の邂逅だった。

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