『安らかに眠れ』

2004年4月14日
 たった一人での初仕事を前にし、キールは物陰で呼吸を整えた。
 それほど警備もなく、周囲にも人影は見当たらない。仰々しい門には灯りが点っているが、それとて気にするほどのことではない。そう瞬時に判断を下し、暗闇の中で彼は塀に手をかけた。
 石造りの塀はでこぼこしていて、素手でも楽に掴まることができる。高さがそれほどでもないこともあり、道具の類を使わずとも、楽に塀に登ることはできた。
 本当なら、そのまますぐに地面に下りるか、伏せるべきなのだろうが、キールは振り返った。少し離れた場所に、ぽつりと一台、馬車が佇んでいる。その中に、彼の師がいる。
 一時間たって戻ってこなかったら、自分が行く。
 先程、宣言された言葉を思い出し、軽く唇を噛みながら、キールは屋敷の敷地内へ飛び降りた。
 宣言は、もう一つ。
「あたしが出たら皆殺しだ。判るな? それくらい」

 順調な結末だった。
 当たり前だ。今回ばかりは、師匠が色々と手はずを整えてくれた。今日限りと何度も念を押された。余程面倒だったのだろう。屋敷の見取り図を頭にたたき込み、獲物がいるであろう部屋に検討をつける。あとは最短ルートを選んだだけだった。
 途中で下働きらしい少年を一人、メイドを一人。合計二人に目撃され、その命を奪うことになったが、これは楽なものだった。
 書斎を抜け、隣の寝室でくつろいでいた獲物を屠るのも、大した差はなかった。
 割と大きな商家の元主人。第一線は引いたものの、周囲への影響力は大きい。身内からしてみればありがたいだろうが、それを邪魔に思う人間も多い。そういうことだ。
 ただ、武器が刃こぼれしてしまった。それだけが、何故か印象に残った。
 血に濡れた寝台を見つめ、次に事切れた獲物の身体を見つめた。

 その背に墓標が霞んで見え、キールは目を閉じた。
 自分の最期が、見えた気がした。

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