『月が見えない』

2004年7月4日
 曇った夜空を眺めていると、なぜだか溜息ばかりがこぼれ落ちる。
 否、何故かなんて、分かり切っている。
 月が見えない。ただそれだけ。

 分厚い雲に遮られた灰色の夜空は、どことなく空々しく感じられる。家の縁側に座り、ぼんやりと上空を眺めながら、月代はそんなことを思った。
 柔らかな銀色の光を、完全に遮ってしまう雲。
 新月とは比べるまでもないけれど、それでも矢張り、月代たちの一族にとって、これは小さな拷問だ。きっと今頃、父は母と親友を宥めるのに必死になっているのだろう。
 彼は月の加護をほんの少ししかもらえなかった。そのため、皮肉にもこんな夜だろうと、新月の晩だろうと、比較的その影響を受けずにいられるのだ。その逆が、母やその従兄だ。
 難儀なものだと思う。
 愛されれば愛された分だけ、その愛情が途絶えた時の衝撃は激しい。苦しいくて苦しくて、息も出来ない。いつだったか、母が笑いながらそう言ったことを、月代はよく覚えている。
 いっそ最初から愛されなければ。そうすれば楽でいられる。
 けれどそんなこと、誰も望めない。
 生まれたときから、月は神であり、尊敬と崇拝と愛情を捧げるべき存在であるのだから。

 だからこんな夜は、誰もが寄り添い合って、慰め合う。独りではいられないと。
 そうでないのは、ほんの一部の例外のみ。
 その僅かな例外に当てはまってしまう月代は、だからこうやって独り空を眺めている。
 彼がこの世に命を受けたその日、空に月は輝かなかった。
 そして彼は闇の加護を受け取った。本当に稀なことだ。極々希少で、珍しい例外。勿論、両親の血を受け継いだこともあり、光の加護も持っているし、月にも愛されている。
 だがしかし、こんな晩も新月の夜も、大した苦しみもなく独りでいられるのは、喜ぶべきことなのだろうか。不満はないけれど、喜ぶことも出来ないのは、贅沢なのだろうか。
 苦しみを誰かと分かち合い、寄り添い、傷を舐めあいながらも、頼り合える関係が、とても素晴らしく思えるのは、痛みを知らない者の錯覚なのだろうか。

 月代には分からない。
 ただ、今はもういない姉と、恐らく彼女と支え合っていた従兄を思い出した。彼女たちは本当の意味で支え合っていた。弱い部分と強い部分を補い合いながら、生きていくことの出来る人たちだった。
 そして自分に与えられた力を心から愛せる父を、羨ましく思いながら尊敬する。彼は本当に強い人だ。弱さに負けない強さを持っている人だ。
 ああ、けれど――。

 ただ独りになりたくないんだ。
 小さく呟いた月代の銀の髪に、闇の精霊が小さく口付けた。

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