『空の上』

2005年2月17日
 天空の城はとても高い場所にあった。
 僕は虹の橋を渡る人に無理を言い、その流れに乗せてもらっただけのしがない冒険者だ。自らの力でこの場所へ来たのではない。そもそも僕には登城する資格がない。そのために神具など一つも持っていない。
 けれど僕は神の城へ入り込んだ。無理矢理に。
 虹の橋はそのうち消えるだろう。地上に帰ることができるのが、いつになるかはわからない。その前に生きて戻れるのだろうか。この場所で果てる可能性だって、十分にあるというのに。
 それでも僕はこの地に来た。
 大した意味もなく。

 城への入り口となる、門の側に腰を下ろし、僕は膝を抱えた。
 どうしてここまで来てしまったんだろう。そう自問自答しながら、不思議だねと首を傾げる。
 なんとなく、行きたいと思った。行かねばならないと心から思ってしまった。そして次の瞬間には、もう行動を起こしていた。
 けれど理由は分かっているのだ。
 認めたくないというだけで。

 誰よりも近い場所で夕焼けを迎えれば、あとは日が暮れるだけだ。
 暗くなっていく空を見上げ、ついに姿を現した月に、僕は大きく溜息を漏らしてしまった。
 思わず目を逸らしたくなる気持ちを叱咤し、ぐっと首を持ち上げ、月を見つめる。
「はじめまして、月の神様」
 自然と微笑めたことが、何よりも嬉しかった――

 僕の母と養い親は、いつも祈っていた。
 表だっては祈っていなかったかもいしれないが、その心はいつだって月の側にいた。近寄れないと知っていながらも、焦がれて見つめ続けていた。僕はそれを知っている。誰よりも近い場所で見てきたのだから。
 神を裏切った巫女と、加護からはずれた神官。
 言葉にすれば陳腐だけれど、本人達は必死だった。その愛を自分は受け取れなくなっても構わない。けれど、自分の愛しい人達に、どうかご加護を、と祈っていた。
 愚かなまでの、一途さで。
 何故なら彼らは誰よりも、月の神に愛されていたから。

 子供の頃は、どこか他人事のように見ていた光景も、今ではなんとなく落ち着かない。
 結局のところ、血なのだと思う。
 連綿たる血の流れが、月を恐れ、崇め、愛おしみながら、敬っている。断ち切ることなどできない力が、そこには存在しているのだ。その上、断ち切ろうとさえ思えない。
 だからきっと、僕はこのまま進むのだと思う。
 正しい祈り方さえ知らず、祈りの言葉も、何に祈るのかさえも分からないまま。

 神の城へ登ったのは、貴方に会いたかったからなのです。
 愛されているだなんて、思わないけれど。
 そう呟くと、また溜息が零れた。

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