結局のところ、とお好み焼きにコテを突き刺しながら、奈美は言った。
「あたしたちって、自分を殺そうとしてるんだよね」
 その台詞だって、焼けたかなぁと鼻歌交じりの言葉とは、とてもじゃないけど思えない。それよりも、目の前に座ってる友達の鼻歌よりも、周りの席の喧噪の方が大きく聞こえる、お好み焼き屋での会話じゃない。だけど奈美はこういう子だ。
 鉄板の横に陳列されたおたふくソースと青のり、鰹節を楽しそうに生地に乗せている。彼女にとっては、今のこの行動が主たるものなのだ。意味深かつ、薄っぺらい会話なんて、ただのおまけでしかない。
 じゅわっという音とともに、鉄板に落ちたソースが焼けこげた。
 香ばしい匂いが広がり、奈美は頬を緩ませた。
 けれど視線はいつまでたってもお好み焼き。
「そう? 私はともかく、奈美は違うと思うけど」
 相槌を打ちながら、もう一本のコテを手に取る。奈美は分厚いお好み焼きの切り分けに苦労していたが、私の言葉に、おっと呟いて顔を上げた。
 やっと彼女の目が私を見た。
「そりゃぁ、サキちゃんの勘違いって奴だよ」
 二重の大きな目は、奈美がいつだって私に自慢するものだ。彼女はその目を心外だと言わんばかりに見開き、おどけるように肩を竦めて見せた。
「んなことないでしょうよ」
「ありますー」
 奈美が切りかけたお好み焼きは、私の手によって完璧に二つに分けられた。なんとなく、手前のが大きい気がしたけど、それは黙っておくことにした。奈美はそんなことは一々気にしない。
「あのねぇ、サキちゃん。一回試してごらんよ。や、そこまで嫌な顔しなくても」
 奈美の言葉を途中まで聞いたところで、内容の予想がついた私は、露骨に嫌そうな顔をしていたに違いない。別に意識はしていないけど、やりたくないものはやりたくない。
「ぜーったい、嫌」
「あたしはサキちゃんの方が、やりたくないけどねぇ」
 予想通り、こだわりなく、自分の方のお好み焼きに手を出した奈美は、ちらりと私の目を見てから、マヨネーズを手に取った。
「ま、それはおいといて。一回やってみりゃ、多分わかりやすいよ。ホントにね。終わったあとの、何にも残らない感じとか」
 よく分からないことを言いながら、マヨネーズをたっぷり、それからもう一度ソースを重ね、できたと奈美は笑った。この子はカロリーと塩分濃度の高そうな食べ物が大好きだ。きっと将来は体をこわすんだろう。
「何言われたって、絶対やりたくない」
「欲求不満になったりしなーい?」
「ならん」
「ストイックー」
 ひゅうっと口笛の失敗のような音を出し、奈美はお好み焼きにかぶりついた。
「奈美ってさぁ、なんで性欲だけ旺盛なの?」
 ずばり聞こうじゃないか。
「三大欲求に忠実なだけ。本能に従ってる間って、何もいらないじゃん。だからじゃない?」
 そういってから、本能のままに餌を貪る奈美を、私はなで回したい衝動に駆られた。
「でもねぇ、サキちゃんのが見た目ヤバイよね」
「何、見た目って」
「人が聞いたとき、どんくらい引くか」
「…………」
「自傷行為なんて、今時はやんないっしょ」
 流行り廃りでやってるもんじゃないっつーに。
「奈美のだって、ふつー引くよ」
「そーぉ? 男の子とか普通にやってそうじゃん」
「あんた女だし。迂闊に右手が恋人とか言わないでよ」
「ハイハイ」

 本能のまま生きようとして、道に迷った奈美。
 本能を忘れて、何でも良いから自分に印を付けたい私。
 慰め合って、かばい合って、道が見つかれば良いのに。
 甘えだなんて、知ってるけど。

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