『夏草や』
2005年9月4日 川縁から鈴虫の鳴く声が聞こえた。
くすぐったさに目を覚ますと、彼女が僕の喉をそっと撫でていた。白い細い指と、マニキュアを塗るために、少しだけ伸びた爪。それらでそっと引っ掻くように僕の喉を撫でながら、おはようと彼女は微笑んだ。
「鈴が転がるような声」とは良く言うけれど、彼女に会うまでそんなものは本の中にしか転がっていないと思っていた。けれど彼女に出会って、その言葉の本当の意味を知った気がする。
きっと金色の鈴だ。
それが光を浴びてすっと輝く。
そして大地の上で転がり出すのだ。どこへ行くのでもなく。何かを求めて。
障害にぶつかる度、リンと高い音を立てて立ち止まる。
そして振り返り、またころころと転がる。
静かな音を奏でながら。
おはよう、と返事を返すと、彼女は声を上げて笑った。鈴が斜面を少しだけ転がり落ちるように。
おはよう。零れるような笑顔でそう呟き、彼女は白い指先をそっと僕から離した。透けるような笑顔で、細い指先を組み合わせ、天使のように笑う。
そうか、と僕は気付いた。否、知ってしまった。
別れの季節なのか。
こんなにも彼女が綺麗なのは。
こんなにもこの空気が愛おしいのは。
もう、届かなくなるからなのか。
りん、と鈴が転がりだした。
そうなってしまったら、もう止まることなどできないのだ。だから彼女は笑い、僕は諦めた。
さよならみたい。
どうしても?
そうね、だって遠いんだもの。
嫌だな。
私だって嫌よ。
好きだよ。
私だって好きよ。
嘘つき。
―――知ってるわ。
そして僕は川縁へと出かける。
今は少なくなった、荒れ放題の草の合間から、鈴虫の声が聞こえる。
りんりんと。
彼女の声の名残を聴きに。
くすぐったさに目を覚ますと、彼女が僕の喉をそっと撫でていた。白い細い指と、マニキュアを塗るために、少しだけ伸びた爪。それらでそっと引っ掻くように僕の喉を撫でながら、おはようと彼女は微笑んだ。
「鈴が転がるような声」とは良く言うけれど、彼女に会うまでそんなものは本の中にしか転がっていないと思っていた。けれど彼女に出会って、その言葉の本当の意味を知った気がする。
きっと金色の鈴だ。
それが光を浴びてすっと輝く。
そして大地の上で転がり出すのだ。どこへ行くのでもなく。何かを求めて。
障害にぶつかる度、リンと高い音を立てて立ち止まる。
そして振り返り、またころころと転がる。
静かな音を奏でながら。
おはよう、と返事を返すと、彼女は声を上げて笑った。鈴が斜面を少しだけ転がり落ちるように。
おはよう。零れるような笑顔でそう呟き、彼女は白い指先をそっと僕から離した。透けるような笑顔で、細い指先を組み合わせ、天使のように笑う。
そうか、と僕は気付いた。否、知ってしまった。
別れの季節なのか。
こんなにも彼女が綺麗なのは。
こんなにもこの空気が愛おしいのは。
もう、届かなくなるからなのか。
りん、と鈴が転がりだした。
そうなってしまったら、もう止まることなどできないのだ。だから彼女は笑い、僕は諦めた。
さよならみたい。
どうしても?
そうね、だって遠いんだもの。
嫌だな。
私だって嫌よ。
好きだよ。
私だって好きよ。
嘘つき。
―――知ってるわ。
そして僕は川縁へと出かける。
今は少なくなった、荒れ放題の草の合間から、鈴虫の声が聞こえる。
りんりんと。
彼女の声の名残を聴きに。
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