秋風。

2005年9月23日
 魔法の国から帰っても、浦島太郎にはなれなかった。

 教室の窓から、ぼんやりと外を見渡す。
 校庭を走り回るサッカー部員達、その横でランニングを続ける野球部員。その横を華やかな声を上げて帰って行く女子生徒。
 まるで夢のようだと思う。
 現実の世界が、ここまで現実味を帯びないなんて。
 私はそっと溜息を吐いた。

 わかりやすく言えば、浦島太郎になり損ねたのだ。
 不思議な世界へ出かけていた。そこから帰れなくなった。だからしばらくそこで暮らしていた。
 それなのに突然家へ帰されたと思ったら、そこでは時間の差が生まれていた。
 向こうで暮らしたのは一年。
 こちらで経過した時間も一年。
 けれど、私の身体はその時間を超えられなかったらしい。
 書き替えられた生年月日。
 いつの間にか同級生になった後輩。
 ――やってられやしない。

 指先が震えるのは気のせいなんかじゃない。
 別に大したことじゃない。そう言い聞かせても、心が揺れてしまう。眠っている妹のことを思うと、私はどこにも行けない。動けない。一歩だって進めない。
 あの子はまだ生きているんだろうか。一年という長い間、ちゃんと命をつないでこれたのだろうか。
 あの子は目を覚ましたんだろうか。私がいない間に、夢から覚めてくれたんだろうか。
 どちらにしても、私の手には余る事実だ。
 どうしたって、こぼれ落ちてしまう。抱きしめたって、もう無理。言葉にしたって、叫んだって、血を吐くようにうずくまったって、触れられない。

 秋の気配がする。
 家族に連絡はしていない。
 もう帰れない。帰りたくない。
 泣ければ良いのに。泣きたい。泣けない。
 けれど泣きたい。

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