数学。

2008年3月11日 高校生
 「教科書見せて」
 そう言った割に、春日さんは教科書なんて全然見ていなかった。机を寄せて、真ん中に数学の教科書を置いた。僕はいつも右側に置くので、ノートが少し取りにくかった。
 教科書にアンダーラインを引きながら、ちらりと左側を見ると、春日さんはぼんやりと窓の外を見ていた。ノートには黒板の文字が途中まで写してあった。外に何が見えるのか、少し気になったけど、僕は黙ってノートを取った。
「じゃあ、次の問五から七までを十分でやれ。当てるからな」
 先生の声に思わずカレンダーを見た。今日は九日。僕は男子の八番だから当たらないだろう。安心しながら、問題の式をノートに写し、文字を書き始めた時だった。
「桐原」
「え?」
 春日さんが唐突に僕の名前を呼んだ。驚きながら顔を上げると、彼女はちょっと困ったような顔をしていた。
「……教えて?」
 少しだけすまなそうにそう言った。
「春日さん、当たるの?」
「うん、九番。多分、男子からだから、問六かな」
 お願いー、と拝むように言われ、僕は写した問五の下に、問六の問題式を書いた。

「この公式を使って…」
「こんな式どこで出たっけ?」
「三ページ前だよ。それでこのXを移項するとこうなって」
「あ、それで答えが54?」
「…違うよ」

 春日さんは別に頭は悪くないのに、少し先走りするようだった。きっと数学は、ケアレスミスが多いと思った。
「春日、うるさいぞー」
 途中で先生に私語を注意され、僕は思わず縮こまったが、彼女は、
「いいじゃん、先生。私がちゃんと教えてもらってるんだよ? むしろここは褒めるべきでしょ」
と、あっけらかんと言って、先生とクラスの笑いを誘っていた。
 そして僕が八割方解いた問六を、黒板に堂々と書いて、先生に褒められていた。
「お前、ちゃんと桐原に礼を言えよ」
 先生にそんなことを言われながら、春日さんは上機嫌で席に戻ってきた。
「桐原、頭いいね」
「そ、そんなことないよ」
 そういったけれど、彼女はあまり聴いていないようだった。

 そして「隣で良かったかも」と笑いながら言った。

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