歌が聞こえた。
鬱蒼とした森の中では、鳥の声や木々がざわめく音しか聞こえない。そんな中にあって、小さな歌声はひどく目立って聞こえた。一体どんな人間がこんな場所で歌っているのか、僅かな興味からクロードはか細い声のする方向へと足を進めた。
耳を澄ませば、それが子守歌だということはすぐにわかった。だが、それがわかったところで、疑問は一層膨らんだ。この場所は深い森の中だ。下っていけば街道もあるが、近くに村もないため、狩りに訪れる人間もほとんどいない。そんな場所にはあまりにも不釣り合いな歌声が、女のものであることは聞けばわかったが、小さくかすれた旋律からは、それ以外の何も伺うことはできなかった。
獣道を広げるように歩きながら、彼は僅かに眉をひそめた。
彼が進むべき道からは、死の匂いがした。それも一人二人ではなく、それなりの人数であることがわかる。
死んだ人間と、歌う女。
魔族の一種かとも思ったが、そういった気配は一切しない。この先にいるのは間違いなく人間だ。クロードの感覚はそう告げている。
ますます深くなる疑念を胸に持ちながら、歩みを進めるとその光景が目の前に広がった。
太い樹木の下にある二つの人影。
足を投げ出すように座っている銀髪の少女。
その足を枕にするように横たわった金髪の少女。
頬に散った木漏れ日から逃げるように、閉ざされた目蓋。
自分が息を飲んだ音が、はっきりと聞こえた。
まるで一枚の絵画を見ているようだった。けれど絵画と呼ぶには救えないほどに、二人の少女は痩せこけ、命の輝きを失っていた。横たわった少女の笑みのない口元と色を失った頬が、彼女の末路をはっきりと物語っている。
けれど座っている少女の方は、また少し様子が違った。彼女がクロードに聞こえた歌の主であることは間違いない。震えるように唇が動き、そこから吐息のような小さな歌声が溢れていた。枯れ枝のような指が、膝の上に置かれた金の髪を、時折ゆっくりと撫でる。その口元には微かな笑みすら見てとれた。そしてそれは酷く慈愛に満ちたものだった。
それを見て、一瞬で理解することができた。この歌は横たわる少女を眠りへ誘う歌なのだろう。自らの尽きかけた命を削りながら、先に逝った者の安寧を願う歌なのだろう。
鎮魂歌ではなく子守歌。
そこにこの少女二人の全てが込められている気がした。
クロードはそんな二人に近づいていった。完成していた空間を壊すように、無造作に足を進める。その間にも、歌はどんどんか細くなり、今にも消えてしまいそうな風情だった。少女達以外にも、あちこちに人間の死体が目に入ったが、それはあえて黙殺した。興味を持てなかったからだ。
彼が少女の前に立つと、青白い頬に影がかかった。
他人の存在にまるで気づいていないような少女の、すぐ横に膝をつきそっと頬に手をかざす。身体の中に渦巻くものを手のひらに集め、瀕死の人間に分け与えようとすれば、それは彼の意志に従おうとした。
けれど、そこまでの行為をほとんど無意識に行ってから、クロードははたと相手が人間であることを思い出した。
彼は魔族であるから、魔力を持っている。その量は個人差があり、それぞれが大きさの違う器を持っていると例えられる。そして瀕死の状態であったり、身体の損傷が激しい時であっても、魔力を回復させることでそれを生命力に変え、一時的にしのぐこともできる。
その時は自分の器から、相手の器に魔力を流し込んでやればいいだけなので、さほど難しいことはない。ただし相手によっては、流し込みにくい形であったり、本人の魔力と上手く混ざらずに反発する場合もある。
けれど人間は魔力を持っていない。当の本人達はわかっていないようだが、魔族から見れば人間が魔力を入れる器を持っているのはわかる。けれどその器は皆とても小さく、きっちりと蓋がされているのだ。従って、直接魔力を流し込むことができない。
いつも魔族にするように、少女に命を分け与えることができないと分かり、クロードはふと我に返った。
瀕死の人間をかろうじて生きながらえさせたとして、彼が去ればこの少女は近いうちに死ぬだろう。
別にこの人間を助ける利点はなにもない。
自分は何をしようとしていたのか、自問自答をしていると、静かに歌が止まった。
そして長い睫が静かに震えた。
鬱蒼とした森の中では、鳥の声や木々がざわめく音しか聞こえない。そんな中にあって、小さな歌声はひどく目立って聞こえた。一体どんな人間がこんな場所で歌っているのか、僅かな興味からクロードはか細い声のする方向へと足を進めた。
耳を澄ませば、それが子守歌だということはすぐにわかった。だが、それがわかったところで、疑問は一層膨らんだ。この場所は深い森の中だ。下っていけば街道もあるが、近くに村もないため、狩りに訪れる人間もほとんどいない。そんな場所にはあまりにも不釣り合いな歌声が、女のものであることは聞けばわかったが、小さくかすれた旋律からは、それ以外の何も伺うことはできなかった。
獣道を広げるように歩きながら、彼は僅かに眉をひそめた。
彼が進むべき道からは、死の匂いがした。それも一人二人ではなく、それなりの人数であることがわかる。
死んだ人間と、歌う女。
魔族の一種かとも思ったが、そういった気配は一切しない。この先にいるのは間違いなく人間だ。クロードの感覚はそう告げている。
ますます深くなる疑念を胸に持ちながら、歩みを進めるとその光景が目の前に広がった。
太い樹木の下にある二つの人影。
足を投げ出すように座っている銀髪の少女。
その足を枕にするように横たわった金髪の少女。
頬に散った木漏れ日から逃げるように、閉ざされた目蓋。
自分が息を飲んだ音が、はっきりと聞こえた。
まるで一枚の絵画を見ているようだった。けれど絵画と呼ぶには救えないほどに、二人の少女は痩せこけ、命の輝きを失っていた。横たわった少女の笑みのない口元と色を失った頬が、彼女の末路をはっきりと物語っている。
けれど座っている少女の方は、また少し様子が違った。彼女がクロードに聞こえた歌の主であることは間違いない。震えるように唇が動き、そこから吐息のような小さな歌声が溢れていた。枯れ枝のような指が、膝の上に置かれた金の髪を、時折ゆっくりと撫でる。その口元には微かな笑みすら見てとれた。そしてそれは酷く慈愛に満ちたものだった。
それを見て、一瞬で理解することができた。この歌は横たわる少女を眠りへ誘う歌なのだろう。自らの尽きかけた命を削りながら、先に逝った者の安寧を願う歌なのだろう。
鎮魂歌ではなく子守歌。
そこにこの少女二人の全てが込められている気がした。
クロードはそんな二人に近づいていった。完成していた空間を壊すように、無造作に足を進める。その間にも、歌はどんどんか細くなり、今にも消えてしまいそうな風情だった。少女達以外にも、あちこちに人間の死体が目に入ったが、それはあえて黙殺した。興味を持てなかったからだ。
彼が少女の前に立つと、青白い頬に影がかかった。
他人の存在にまるで気づいていないような少女の、すぐ横に膝をつきそっと頬に手をかざす。身体の中に渦巻くものを手のひらに集め、瀕死の人間に分け与えようとすれば、それは彼の意志に従おうとした。
けれど、そこまでの行為をほとんど無意識に行ってから、クロードははたと相手が人間であることを思い出した。
彼は魔族であるから、魔力を持っている。その量は個人差があり、それぞれが大きさの違う器を持っていると例えられる。そして瀕死の状態であったり、身体の損傷が激しい時であっても、魔力を回復させることでそれを生命力に変え、一時的にしのぐこともできる。
その時は自分の器から、相手の器に魔力を流し込んでやればいいだけなので、さほど難しいことはない。ただし相手によっては、流し込みにくい形であったり、本人の魔力と上手く混ざらずに反発する場合もある。
けれど人間は魔力を持っていない。当の本人達はわかっていないようだが、魔族から見れば人間が魔力を入れる器を持っているのはわかる。けれどその器は皆とても小さく、きっちりと蓋がされているのだ。従って、直接魔力を流し込むことができない。
いつも魔族にするように、少女に命を分け与えることができないと分かり、クロードはふと我に返った。
瀕死の人間をかろうじて生きながらえさせたとして、彼が去ればこの少女は近いうちに死ぬだろう。
別にこの人間を助ける利点はなにもない。
自分は何をしようとしていたのか、自問自答をしていると、静かに歌が止まった。
そして長い睫が静かに震えた。
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