目を開けて真っ先に目に入ったのは、真っ白な敷布だった。
何度か瞬きをして、やっと視界が霞んでいることに気がついた。焦点がうまくあわせられず、それほどの大きさでない枕が、やけに大きく感じた。身体にかけられた薄い掛布も、不思議と重く感じる。喉がからからに渇いていて、声が出ない。視界と同じように、思考にも靄がかかっているようだった。
起きあがろうとしても、指一つ動かすことが出来なかった。
浅い呼吸と、緩慢な瞬き。
それが私にできる全てだった。
自分がベッドの上にいることはわかったけれど、そこに至るまでの経緯ははっきりと思い出せない。このままどこかへ沈んでしまいそうなほど、全てが疲れ切っていた。記憶を手繰ることすら億劫な私を、現実に引き留めていたのは誰かの気配だった。
軽い足音を響かせているのは若い女性だった。
霞んでいた目が、漸く焦点を結んでくれるようになった頃、彼女は私が起きたことに気づいたようだった。腰をかがめて視線を合わせ、「おはよう」と言いながらにっこりと笑う。その琥珀色の目がとても綺麗だと思った。
「喉が渇いてるでしょう。起き上がれる?」
首をかしげながらそう言われた。言われてみれば口の中ははからからに渇いていた。けれど返事をしようにも指一つ動かせない私に、起きあがることができるとは到底思えない。困ったまま応えあぐねていると、彼女はその反応も予想していたのだろう。背中の下に腕を差し入れ、ゆっくりと身体を持ち上げてくれた。それからクッションを積み上げて背もたれを作ると、少し待っててと言い、足早に部屋を出て行った。
一人になると、またどこかへ沈んでしまいそうになった。
沈んだ先はどんな場所だろう。
そこにサーシャはいるんだろうか。
そんなことを思った。
折角起こしてもらった身体が、ずるずると落ちかけ始めた頃、先ほどの女性が盆を手に戻ってきた。彼女はまた倒れそうになっている私を見て、「あらあら」と笑いながら、また身体を支えてくれた。
「白湯よ。ゆっくり飲みなさい」
彼女は私の手を取り、白い器を持たせた。ずしりと重いそれを、私が落とさないように、そっと重ねられた手のひらは温かかった。その温かさに、やっと身体が目を覚ましたかのようだった。ほんのりと湯気をたてた白湯を口に含むと、それは乾いた口の中ですぐに消えてしまった。また一口、喉を鳴らすように飲み込めば、身体の中に広がる熱が染み渡るようだった。凍えていた全身に、やっと血が通っていくような感覚。動かなかった身体と心が、目を覚ましたかのようだった。
あっという間に一杯を飲み干すと、女性は満足気に笑った。
そこまできて、私はやっと目の前の女性をしげしげと見つめた。年は二十歳くらいに見えた。背が高く、女性らしい丸みを帯びた身体をしている。栗色の髪は緩く巻いていて、つやがあった。肌は薄い褐色をしている。目が合うと微笑む琥珀色の瞳は柔らかく、とても魅力的な人だと思った。
「次は温かいスープにしましょうか」
先ほどと同じように、今度はベッドに私を寝かせながら彼女は言った。
「もう少し寝ててちょうだいね?」
温かい手のひらでそっと髪を撫でられると、もう駄目だった。
自然と目蓋は落ち、私はまた沈んでいった。
そして夢を見た。
私はまだ森の中にいて、一人きりだった。
サーシャもいない森の中で、空を見上げて訪れる死を待っている。
そんな夢だった。
何度か瞬きをして、やっと視界が霞んでいることに気がついた。焦点がうまくあわせられず、それほどの大きさでない枕が、やけに大きく感じた。身体にかけられた薄い掛布も、不思議と重く感じる。喉がからからに渇いていて、声が出ない。視界と同じように、思考にも靄がかかっているようだった。
起きあがろうとしても、指一つ動かすことが出来なかった。
浅い呼吸と、緩慢な瞬き。
それが私にできる全てだった。
自分がベッドの上にいることはわかったけれど、そこに至るまでの経緯ははっきりと思い出せない。このままどこかへ沈んでしまいそうなほど、全てが疲れ切っていた。記憶を手繰ることすら億劫な私を、現実に引き留めていたのは誰かの気配だった。
軽い足音を響かせているのは若い女性だった。
霞んでいた目が、漸く焦点を結んでくれるようになった頃、彼女は私が起きたことに気づいたようだった。腰をかがめて視線を合わせ、「おはよう」と言いながらにっこりと笑う。その琥珀色の目がとても綺麗だと思った。
「喉が渇いてるでしょう。起き上がれる?」
首をかしげながらそう言われた。言われてみれば口の中ははからからに渇いていた。けれど返事をしようにも指一つ動かせない私に、起きあがることができるとは到底思えない。困ったまま応えあぐねていると、彼女はその反応も予想していたのだろう。背中の下に腕を差し入れ、ゆっくりと身体を持ち上げてくれた。それからクッションを積み上げて背もたれを作ると、少し待っててと言い、足早に部屋を出て行った。
一人になると、またどこかへ沈んでしまいそうになった。
沈んだ先はどんな場所だろう。
そこにサーシャはいるんだろうか。
そんなことを思った。
折角起こしてもらった身体が、ずるずると落ちかけ始めた頃、先ほどの女性が盆を手に戻ってきた。彼女はまた倒れそうになっている私を見て、「あらあら」と笑いながら、また身体を支えてくれた。
「白湯よ。ゆっくり飲みなさい」
彼女は私の手を取り、白い器を持たせた。ずしりと重いそれを、私が落とさないように、そっと重ねられた手のひらは温かかった。その温かさに、やっと身体が目を覚ましたかのようだった。ほんのりと湯気をたてた白湯を口に含むと、それは乾いた口の中ですぐに消えてしまった。また一口、喉を鳴らすように飲み込めば、身体の中に広がる熱が染み渡るようだった。凍えていた全身に、やっと血が通っていくような感覚。動かなかった身体と心が、目を覚ましたかのようだった。
あっという間に一杯を飲み干すと、女性は満足気に笑った。
そこまできて、私はやっと目の前の女性をしげしげと見つめた。年は二十歳くらいに見えた。背が高く、女性らしい丸みを帯びた身体をしている。栗色の髪は緩く巻いていて、つやがあった。肌は薄い褐色をしている。目が合うと微笑む琥珀色の瞳は柔らかく、とても魅力的な人だと思った。
「次は温かいスープにしましょうか」
先ほどと同じように、今度はベッドに私を寝かせながら彼女は言った。
「もう少し寝ててちょうだいね?」
温かい手のひらでそっと髪を撫でられると、もう駄目だった。
自然と目蓋は落ち、私はまた沈んでいった。
そして夢を見た。
私はまだ森の中にいて、一人きりだった。
サーシャもいない森の中で、空を見上げて訪れる死を待っている。
そんな夢だった。
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